一番身近な目的であった本を出してしまうともう次の事をやりたくなるのが性格の私は、ハタ!と考えてしまった。日本の写真界マスコミなんてやつは使い捨てなのだから、これからの人間は多くの引き出しを持っていなくっちゃいけない。

24才でいっぱしの写真家づらして一、二年はやっていても、すぐにメッキははがれてしまうだろうし、マスコミにつぶされるくらいならケツをまくって外へ出てやろう、という気になった。

話は少し変わるが、私は双子座の生まれというのが関係しているのかどうか、非常に熱しやすい反面、反対に異常に理性が強い。もちろん人は皆そうなのだと思うけれど、自分の場合は、他の人より一段と、両性格の闘いがはげしいようです。そして何時も葛藤を続けているのですが、熱しやすさを理性でおさえつける場合が多い。

高校時代はレスリングと映画の青春で、一方では体をいためつけるだけいためて、ものごとに対しては自分が倒れるまでやる。倒れた時点で総てから解放されるんだということを会得。

学校をサボって見た多くの映画には感動しました。あまり多くの映画を見たので一々覚えていませんが、アラン・ドロンとリノ・バンチュラの「冒険者達」、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォードの「明日に向かって撃て」の二本などは、見てて、泣けちゃって泣けちゃって、男はこうじゃなくっちゃ!と思って・・・オレも旅に出なくっちゃ、何時か、と心に決めた訳です。

それとは別に、10代から20代にかけての私に大きな影響を与えたのは、カフカ原作、オーソン・ウェルズ監督、「審判」。内容は時がたち忘れてしまったが、この映画は一生自分につきまとうだろうと思う。

フェデリコ・フェリーニ。この人の作品も多く見たが、現代最高のアーティストだと思う。大きすぎて、私の小さな頭では量り切れない。

クロサワ。日本の生んだ偉大な監督。この人は死にそこなったおかげで最近、「デルス・ウザーラ」という素晴らしいものを見せてもらった。クロサワの作品を面白くないから、評判が良くないから見るのを止したという人がいたが、私はその人の頭をうたがう。クロサワは、世界のクロサワであって、そこいらの批評家や評論家クラスの頭脳ではないのですよ。

クロサワが映画を作った、というだけで千円ぐらい出して見る価値があると思う。あの人は死ぬまでに、もう三本と映画は撮れないと思うから。

話はあらぬ方向に飛んでいましたが、要するに、詩的に生きたい、ということと、日本のジャーナリズムにケツをまくってやろう、自分の作り上げたものを壊して、また一から作り修したかったのです。

良いあんばいに、十年来の友、Aが外国へ出たがっていたので、「ヨッシャ、一緒にでようか」オッケーてな具合に、なんにも計画も無しに飛び出すことになってしまったのです。

それから、友人諸君に外国に行く、ということを吹聴したりしたので、言行一致型の私としては、出ざるを得なくなったりしたのも一つの原因です。なにしろ数週間会わなかった友人と会うと、「アレ!もう行ってきたの?」などといわれると、「いや、まだなんですよ。ちょっと待って下さいよ」なんて言っちゃって困ってしまいました。

出した写真集を売るのもそこそこに、1971年10月31日、横浜の大桟橋から最後の航海をむかえたブラジル移民船アルゼンチナ丸に乗りました。見送りに来てくれたのは学校の後輩が二人と私の家族、そして相棒Aの家族達。

港に着いた時間が早かったせいか、税関、イミグレーションも済み、船に乗って出船を待ちながら桟橋を見おろすとブラジルへ移民の農業大学生を送る大根踊りを中心に、それぞれの旅立ちの人々が別れを惜しんでいる。

ドラが鳴り、テープが投げられる。船べりに立って岸壁を望みながら「サヨーナラー!」と体一杯に手を振る。対岸の人達も誰かまわず手を振ってくれる。

しばし声を張り上げていたのだが、船のやつ、映画の場面と違ってドラの響きと共にサッソウと岸を離れてゆくはずだったのが、動かないんだなぁ。10分、15分と遅れるので、時計を見ながら、遅いな、別れの良い時が間延びしちゃ締まらないな!とAと笑い合う。

オッ、手を振ってる。「サヨーナラー!元気でネ!」と言っては、早く出ないかなぁと思っているうちに、いつの間にか、船と桟橋の間に水が広がり、色とりどりの紙テープがちぎれる様が、その人々の一時の縁を断ち切ったようにも思えた。

岸がだんだん遠くなり、人々が見えなくなるまで手を振り続けた。そして全く見えなくなった時、なんとなくシュンとしてしまった。

部屋に帰り、少しベッドで横になって、これからの事を考える。

考えるっていったって、計画そのものがアウトラインだけなのだからどうにもしょうが無い。ただ、東京から東へ行き、西から帰ってこれたらいいな、と思っていたのです。

私にとっても初めての海外旅行だ。ベッドの天井を見ているうちに、エイ!何ヶ月になるかしれないが、やるだけやってみるだけだ。