翌日、進くんとオールド・メジナに行く。旧市街のマーケットのことである。とにかく迷路迷路で、よく覚えておかないと、メロメロになってしまうのです。なにしろ、一度入ったら元の所に帰るのが、ひと苦労なのです。さて、昨日、進くんがジラバ(モロッコの民族衣装的マントらしきもの)を、30ドランと古いジーンズを足して買ったという店へ、ひやかしに行く。店では、シャイロックのようなジイサンが出てきて、どんな大きいやつでも、子供用でも、似合う似合うというんだからマイッチャウ。さて、気にいったやつが有ったので、いくら?と聞くと、70デランだという。高い高いと鼻もひっかけない。次に50だと。ノー。例によって、「いくらなら買う?」と聞くから、こちらは、あまり欲しくない強みである。彼があきらめるだろうと思ったのだが、アーア、また買わされちゃった。高い買い物ではないんだが、荷物になるのが一番困ってしまうんです。進くんは自分が30ドランとジーパンを出したので、かなわねーなといってなげいている。チョット良い気持ち。

此処で、こういう後進国で物を買う秘訣をひとつ。話の中では多分に、物を買う時、値切ってばかりいるようだが、これは、ゲームと同じで、いくら負けさせたかがまた無上の楽しみなのです。。それに、彼等の言い値は、現地人の三倍ぐらいふっ掛けた値なのだから、それで買ったら大変なのでありますよ。ケッケッケッ!それで買わされてる人が意外と多いのだ!

夜になーる、買ったジラバを着て現地人と同じ姿をして歩き回り、ホテルに帰る。

昨日のやつら、キーフを返しに来ない。なめやがったかな。だいぶん待って、彼等三人の部屋に行き、「今晩返しに来るって言って、どうして返しに来ないんだ!」と言うと、「すまない。今日も無いので、もう一晩待ってくれ」」という。冗談じゃない。(小さい金だが、それだけの問題じゃない。)それじゃ、金を返せと迫るが、それはカンベンという。そこで、彼らが吸いかけている残りの分をふんだくって部屋を出る時、その中の親分格のヤツが俺に向かって、「ファック・ユー(Fuck You!)」と言った。その時は気にもならなかったのだが、部屋に戻って考えてみると、頭に、カッカと来たネー。だって、そうでしょう?人に売ったものを借りていって、それを約束の時間に取り返されたからって、ファック・ユー(手前、ヤッチャウゾ。これは、英語でも最上級の罵声なのでありますよ。)考えれば考えるほど頭に来たが、その日はそのまま寝る。明日だ。

アサー!ホテルから広場へ茶を飲みに行く途中、良い具合に三人の中の一人と出会う。余曰く、「昨日、お前の仲間の一人が、ファック・ユーと言ったな。オーケー、こっちは何時でも相手をしてやるから、そのつもりでいろ。」と、おどしをかける。ささいな事のように思えるかもしれないが、長い旅をしていると、一人一人が日の丸を背負っているような気になってしまうのですよ。そうなってくると、俺が此処でナメられたら、ジャップのやつはチョロイということになって、後続の日本人がなめられてしまう。ひとつガンバラナクチャ!ならないのです。また、他の一人と会う。そこで同じ事を言う。何か、「ギクッ」っとしているのが判る。

昼は見物(メジナ、モロッコの踊り、コブラ使い、手品、その他。ジャンジャンジャン、ドコドコドコと、ひどい騒々しさだ。)とモロッコ・ティーで過ぎてしまった。

婦人達は、女物ジラバに絹のマスクを着けていて、魅力を目に現し、美しい。

夜、広場の屋台でメシを食っていると、今度は例の三人組の親分格のファック・ユーを言った当人が、後で自分達の部屋に来てくれと言ってきやがった。しょうがない。オーケーと答える。こちらから相手になってやると言っておきながら、向こうから言われたらドキッとしてしまう。我々は明日早朝タロウダントに向かって出発なので、9時ごろには行くと言ってしまう。側に進くんがいたのだが、これは、自分だけの問題として、一度部屋に戻って、眼鏡とブレスレットをはずして、ナイフだけを腰に。アーア、最悪の場合は、三対一でもやらねばならぬのダ、と心に決めて、バカダナーと思いながらも、三人の部屋に乗り込む。三人とも揃っている。

一人が言う。「昨日は、すまなかった。今日、残りのキーフを返す。」と。俺は、シメタ!!と思いながらも、ひょうし抜けした。他の一人が言う。「お前はカラテをやるか?」と聞く。「カラテは、型ぐらいは出来るが、ジュードーはブラック・ベルトだ。」と答える。

「カラテーを見せてくれ」と言うから、(私は、最近日本ではやっている、ブルース・リーなどの、ホンコン・カラテー映画を一年も前にエクアドールから数度見ていたので、そのジェスチャーくらいは出来る。なにしろ、研究していたのだから) デタラメの自己流カラテーを見せてやる。残心、呼吸法なども、ハーッ!フン!ウォー!キェー!と腹の底から絞り出すような気合いで、さもそれらしく、ハッタリをきかして、やってやると、奴さん達、ポケーッとした顔をしている。彼らが、私の熱演に飲まれていくのが面白いほど解るので、こちとら、可笑しくて可笑しくて、見やりながら笑いをこらえるのに必死だった。

それが終わった後も、彼らは、アッケにとられているらしく、ケンカをやらなくって良かったーといった顔をしている。型だけといっても、真剣にやったので、終わったあとも、ハァハァやっていると、中の一人は、「お前、ナイフを使うか?}と聞くので、「まあ少しはな」と追い打ちの一言を投げつける。(彼らのナイフを使うか?っていう意味は戦い用のナイフの使い方なのですよ。それは彼らの方が絶対といっていい程うまいだろうと思う。)ファック・ユーを言った男が「昨日はすまなかった。アイム・ソリー」と言ったので、「それはそうだ。これからは気を付けろ。そして、日本人は小さいけど一人旅をしているような男は、たいがいブラック・ベルトを持っているからな!」と言う。(これは本当なのです。五人いれば、三人は、何かの黒帯を持っている。)

彼らは、一緒に、キーフを吸おうと言ったので、少しだけつきあい、話をする。すると、けっこう素朴な連中で、三人とも、アトラス山脈を越えた砂漠の中から来た男たちである。彼らにいわせると、国にいたら、とても食べられなく、街へ来ても仕事そのものが無くて、旅行者をはぐらかして、キーフでも売るしか無いのだそうだ。むしろ、モロッコの、アングリー・ヤングメン、我々の同類なのかもしれない。

明日は早く出発するので、と言って彼らの部屋を出たとたん、ホッと胸をなでおろす。可笑しいやら。シアワセ!