次の日、天気は悪くないのだが、風が非常に強く、速い雲が飛んで行く。白いユースの建物の角を回り、小さな有名な教会の前に行くと、小柄な日本人らしい人がカメラを構えて、ジッと何かを待っている。少しばかり気になったので、チョッカイを出してみる。「日本の方ですか?」「そうです」、「ミコノスは良いですネ-。だけど絶対に女と来る所ですネ。私は一人なんですけど、貴男は?」「エエ!まあ連れっていったって女房ですけどネ」「イイデスネ!」と、私。氏が写真を撮り始めたので、ひやかしがてら近くの石段に座って見ていると、その撮り方のしつこさといったら、並みの写真屋さんのそれとは違うので興味深く見ていると、夫人らしき人が来たので、二人して旅の話のもろもろを語っていると、どうもアメリカのあたりで、自分の話とダブッてくるのです、途中まで話していると、夫妻が車で旅をしていたと言われたので、私も思い当たることがあって、「もしかすると、ブルーのライトバンじゃないですか?」と私が聞くと、「そうですけど、どうして御存知?」といわれたので、「アーア!大変な先輩に変な事を言ってしまったな。」氏が撮り終えてこられたので、「失礼ですが、Nさんですか?」と聞くと、「そうですが」「知らなかったので、どうも失礼しました。」それからは、双方とも名前は知っていたので打ち解け、食事を一緒にしたり、楽しく話をしたのを思い出します。
 その中でもケッサクだったのは、ある晩、食事をした後、海辺に突き出だしたレストランで食事をしていた夫妻を見つけ、「ヤァ!」と挨拶をして側まで行くと、夫人が「宝田くん、あなた前歯どうしたの?」と聞くので、口に手をやり確かめてみると、私のチャームポイントであるところの歯が一本無いではありませんか!
(話を一年前に戻して、アンデス山中でバスと正面衝突をして以来、歯を入れていたのですが、特に今無くなった一本は、ブラジルの奥地で日本人医師の親切で無料で入れてもらった、私にとって記念すべく、大切な土産物ともなる一物なのれす。)
 無い!無い!無い!無い!大変だ!と言って必死に捜す。夫妻の食べ終えたロブスターの皿をひっかき回してみるが、無い!隣のインド夫人の食べ残しの皿をあさってみる。次に、手伝ってくれたN氏と一緒に地面にはいつくばって小さな一本の歯を捜している我々を見て、他の客は不思議そうな顔をしているが、こちらは、それどころではないのです。無い!もう一度、エビの皿をかきまぜてみると、なんと、あるではありませんか。今度はなくさないようにティッシュに包んで、ポケットにつっこんで、アーア、良かった!
 その後で思い起こすと、俺もロブスターが食いたかったな、と、うらめしく思った。