アーア、なんにも買えやしないし、まず、モロッコの国都・ラバトまでのバスの切符も買えない。銀行にドルを換えに行ったが、もう終って閉まっていてダメ。それを知ってるもんだから、闇ドル買いの連中も足元を見やがって、悪いレートで替えられてしまった。しかたがない。

此処でも、ヨーロッパと北アフリカの生活の差は大きいようだ。

4時、一路ラバトに向かって走る途中、海岸の変な所を歩かされた。そこが国境だとのことだ。隣に座っているのは、アメリカン・ニグロの親子である。こんな所へ来たら、普段は苦手な黒人さえ、エデュケーション(教育)を受けているということと、英語が通じるということだけで親しみが持てるのだから不思議なものだ。夜の9時ごろに北部の大きな町、テトワンに着く。どうも、怪しげな町だ。バスの中に、物売りや変な人間が入り込んでくる。誰が荷物を持って行くか解りゃしない。なにしろ、手当たり次第といった感じなんだから。それに、彼等(運転手や車掌)も英語・スペイン語共に話さないので、いつバスが出るのかも解らない。気が気ではない。それに、悪質なヤツが多く、一人の若者などはひどい。私をマークして、ステーションの中をくっついてくる。「なんか用か?」と聞くと、タバコをくれとしつこい。「持ってない」と言うと、アソコで売っているから買ってくれ、と、売店を指差す。バカ野郎、誰が手前なんかに、と言っても平気で、又、せびる。

バスの助手みたいなヤツが、金を替えてくれる、という。すぐ側だというのでついて行くと、かなり歩かせて、変なマーケットの地下の一室へ連れて行く。モロッコ人が2、3人いて、私が入って行くとピタリと話を止めた。こりゃヤバイ!ピンときた。

案の定、脅迫的な感じで、なにかを買え!という。ジョーダン(冗談)じゃネーヤと、ケツをまくって、なにも買わずに退散を決めこんだ。バスに帰り着く。モロッコ第一日目だというのに、全く印象が悪い。それだけなら良いが、このバスの野郎、悲しくなるじゃありませんか。何時にラバトに着けたと思います?3時ですよ。真夜中の3時。どーすりゃいいの。

近くの火を囲んでたむろしている人に、ホテルを聞く。メジナ近くの変な建物に連れて行かれたが、満室だと断られた。しかたなく、日本でいう交番のようなポリス・ステーションに行き、(彼等は話さないので)手を合わせ耳の側に持って行き、寝る姿をして、身振り手まねで、涙ぐましい努力をする。最終的には、日が昇るまで三、四時間だから、そこで寝てやろうと思ったが、追い払われた感じで、高級ホテルのある辺りを教えられて行く。

閉まったヨロイ戸(鎧戸)をたたき、ボーイを起こして、高い部屋をふっかけられながら、たしか20ドラハム(1200円)を明朝銀行で金を替えてから払うことにして、やっとこさベッドにもぐり込みグッスリと寝る。四、五時間寝るために少しもったいないような気がするが、しかたがない。

ラバトは、カサブランカほど有名ではないが、大西洋に面した、ムーア風の城壁に囲まれた美しい街であった。

それから、カサブランカと此処での話もあるが、オールド・メジナに入り込み迷子になったことだけを書いて、本命のマラケシに移ろう。

マラケシ。この街は、カサブランカより内陸にバスで四時間ほど入ったところに有る。長々とプロローグを書いてしまったが、やっと、本題のキーフの話に入ってくるのである。夕方、雑踏の広場近くに着く。変な男が寄ってきて、良いホテルがあるからついて来いという。ついていくと、確か、ホテル・フランセだかいう名のキタナイ家に連れて行かれた。素晴らしく汚く、ダニチャンが好んでお住み着きになるような所で、6デラン(360円)、負けても5デラン(300円)だという。こんな所、6ドランは高すぎる、と言って他を捜し回って、やっと、ダブルベッドの所で4ドランに負けさせ、宿を決めた。ところが、側にいた、二、三人の若者(モロッコ人)がキーフを買えと小さな紙包みを見せる。

私は、本質的にドラッグ類は好まないので、いらない、という。が、買え買えとうるさい。そこで、ハウ・マッチ・プライス(いくらだ)と聞くと、15ドランだという。「バーカ!一昨日(おととい)おいで!」という。すると、10ドラン、7ドランと値を下げてきた。こちとら別に欲しい訳でもないから、「いらネェよ!」とお返事。それでも彼等はガンバルネー。「いくらなら買う?」と聞くから、「俺はソイツの値段を知ってるんだぜ。買うなら1ドランだな」と言うと、哀願するように、5ドランというから、「そいじゃー3ドランなら出す」と、彼等があきらめるのを期待して言うと、甘かったネー。彼等の方が一枚上手(うわて)である。オーケー.ということで、3ドラン払わされてしまった。まあ、寝る前に試そうぐらいに思って、メシを食いに行き、他の日本人がいる、というので、その誰かの氏を捜して歩く。

あるホテルで、通称・無体進こと、進くんを見つけて話し込む。彼の話によると、これからもっと南下を続けて、タロウダント、それからパニッシュサハラの近く(その辺はサハラ砂漠の中になるが)エルフォドというオアシスの村まで行こうなどと言うので、私は、マラケシからフェズに戻る気でいたのだが、彼の計画に賛成などと手を打って、その行程に同盟を結ぶことにした。夜食を一緒に食いに行くことにして、私の部屋に戻り、先ほどのキーフを吸う。あまり良質のものではないらしく、ノドにヒリヒリする。気分が悪くなってきたが、フラフラと広場へメシを食いに行く。

クスクスというティピカル(典型的)・アラビアン・フードを初めて食べる。日本では、ほとんどといってよい程、食べやしない粟(アワ)のボイル(茹で)したものが野菜と肉の煮付けをかけたものである。さっきのキーフが体に残っているせいか、食べているうちに気持ちが悪くなってきた。そこで、水を欲しいと言うと、くれた容器が、エンジンオイルの缶である。飲む気もしなくなるが、ガンバッチャウもんネ。一緒に食べていたシシカバの肉が、ポロリと地面に落ちると、先程から、ネラっていた子供がサッ!と拾って食べてしまうんだから困ッチャウ。そのうち、本当に吐き気をもよおしてしまい、フラフラと広場を抜け出すと、進くんが心配をして追って来た。雑音が遠くで聞こえる。中央モスクのところまで来て、こらえられなくなってしまい、進くんに見張っててもらい「ゲー」とモスクに吐きかけてしまったのです。神様、アッラー、モハメッド様、許して下さい。私は罰が当たるのでしょうか。アーア、マイッタ!マイッタ。いったん腹の中に入れたものは絶対といって出すのがきらいな俺としたことが、ザムネン(残念)なり。

風に吹かれて、少し気分が良くなってきたので、又、バザールの方に向かう。カフェのテラスに座って、モロッコ・ティーを飲む。旅の一番楽しい一時である。(昼にまた、そこにそうして座り、広場の見世物を遠く眺めながら茶を楽しんでいると、カミュとマストロヤンニの異邦人のイメージがダブってくる。)まったくそんな感じで、雑音と砂ぼこりと暑さで汗が噴き出してくる。

帰って、ベッドに入ってると、前記の若者の一人が、先ほど私に売ったキーフを半分貸してくれという。売ったものを自分達の吸うのが無くなったからって、虫が良すぎるやないか?俺は別にいらないから、1.5ドラン返してくれ、と言うと、「明日の夜、絶対に返すから」という。まあ、いいやと貸してやる。