椿氏、彼はパレスチナ問題を研究に来て三年になるそうですが、氏とは、朝日のスタージャーナリスト、本田勝一氏のことで議論になる。椿氏は本田氏を高く評価しているらしいが、僕は本田氏の取材の態度の中に朝日の後ろ盾があって、多分に強引な面があるのではないかと言う。

ある日、椿氏と二人で、同室のアラブ青年カメルの結婚式に出るために、六日戦争後占領地区になっているウエストバンクにあるナブルスという都市近くの小さな村に行く。

花嫁は15才の少女だということだ。

村長と会った時、椿氏は、僕を映画を作る人、自分は学者ということで紹介したという。僕はヒブル語が全然できないので、通訳は彼にまかせる。

カメルの花嫁は村長の娘とかで、下にもおかないもてなしだ。

それに、僕達が村始まって以来数千年の歴史の中で訪れた初めての日本人だということだ。めずらしいのか、子供達が何処へ行ってもついてくるので追い払うのが大変だ。

式の前夜、僕達は新郎と並んだ一番良い席を与えられた。そう、貴賓席なんです。面前では、単調な笛のリズムで踊り続けている。子供も大人も、時には僕達も引っ張り出され踊らされる。

疲れたからと言って、村長の家に帰って布団に入ってからも笛の音が遠く近くに聞こえた。

翌朝、椿氏、僕、友人のマイクと三人でイチジクを食べに行く。村の周りは、総てイチジクとオリーブで、村の生活は、それで成り立っているということだ。

イチジクは日本のものとはかなり異なり、大きくはないが、甘くて皮ごと食べられるのです。とても美味しいので、いちどに50個ほどもぎとって食べたようです。もちろん一種類ではない。それだけで満腹になってしまい、帰ってから村長に食事を勧められたが、食べれなかったのには困ってしまった。アラブ風のギラギラしたサラダに、パン。デザートがイチジクなんですから。

植物が出たついでに、葡萄の話、これも、所変われば品変わるで、砂土の山を10分程歩くと畑に着いたと教えられる。そこは、所々イチジクの木が有るだけで、あとは芋のような植物が少し這っている。「何処に有るの?」と聞くと、その芋のようなのがそうだという。ひっくり返してみるとマスカットのような実がなっている。これは熟す前に鳥に食べられるのを防ぐためだという。「驚いたなぁ」などと言って、食べられるだけ食べた。

葡萄、イチジクは、この辺が原産地なんだろうか。日本のものよりもっと美味しかった。

昼に近い朝から式が始まった。椿氏と僕も新郎と一緒に村の長老の家々を引き回される。なにしろ、村の歴史始まって以来の珍客なのですから。

どういう訳か、男ばかりが集まって歌い踊りながら、パンツ一枚になった新郎を洗い清める。

女達はまた、別の所に集まって、イヤー!イーラッ、ラ!と後頭部から抜けるような鋭い叫び声を上げる女と、花嫁の姿をしたカカシを振り回す女を先頭に村中をねり歩いている。

男の集団と、女の集団が村の小さな広場に集まり、歌と踊りの饗宴となる。

タッタカ、タッタ、タッタカ、タッタ、タッタカ、タッタ、タッタカ、タッタ、何時間も踊り続ける。

まだ昼の、村内の主だった人々が、新郎の家にカカシを連れて戻る。

そして、アラブ特有の1m以上もあるような銅板皿に盛った食事をふるまわれる。

メニューは昨日その辺を飛び回っていた子羊の肉をまぶした焼きメシのようなものである。

それを手で握り、団子にして口にほうり込む。見た目にはアラビアンナイト風で素敵だが、美味しいものでは無かった。

食事中、又、誰かが車座になっている客の中をカカシの花嫁を持って踊っている。

やはり女の地位は低いのだろうか。今までのところ、生身の花嫁は一度も男達の前には姿を見せなかった。

それから床入りがあったのか、夜になると、村の皆が新郎の家の前に集まって踊り狂う。今度は、新婦も新郎と花を飾った段に座らされている。彼女は15才だそうだ。写真を撮っていると、女達が険悪な雰囲気になってきた。カメルの従弟が、すまないが撮影を止めてくれという。

私もモスレムは写真を嫌うのは知っているが、撮らなければ仕事にならない、というと、村の女達は宗教と慣習に縛られて古くてしょうが無いんだ、というので、君たち若者は大学まで行ってるのに、なぜそんな事終わらせようとしないんだ。だから戦争をやっても負けるんだよ、とイヤミを言いながら村長の家に戻る。

村の長老が数人で集まって話し込んでいるので、仲間に入る。僕達に、世界のことをいろいろ聞いてくる。

話は、いつの間にか世界の共通語のことになり、一番は何処?と聞く。もちろん英語と答える。二番は?スペイン語。三番は?ドイツ語。四番は?仏語。五番目は?ときた。彼等もついに、おらが国のアラブ語がでてくると思ったらしいが、残念でした。中国語と言ったとたん、皆の顔がブスーっとしました。

チョット意地が悪かったかなと思ったが、事実なんだからしかたが無い。

アラブ、つまりモスレムの地域は広いのだが、乾燥、砂漠地帯で多くの人口の生存を許さないのです。

そんなところで、眠いからと言って、布団に潜り込む。まだ、踊りは続いているようだ。

夜中、モゾモゾ、ダニらしき虫がいるので、しばらく外に出てみる。月がとても明るい。

朝の4時ごろだったか、人の気配がするので目をこらして闇の中を見る。

村長が庭に座って、黙々と祈りをささげているんです。

あーあ、神は偉大なり、と感心してから、虫のいるらしい布団に手さぐりで潜り込む。

式の翌朝、土産に、といって、イチジクを採りに行く。先日食い過ぎて、苦しいを連発していたのも忘れて、20個ほどペロリと食べる。

聖書の中で、絵の中で、アダムとイブが前に着けていたのはイチジクの葉だったなぁと、心楽しく思いました。

昼ごろ、土産を手に、学者先生と映画を撮る人は村を去る。子供達が15mほど離れてついてくる。近づきたいんだが、照れくさいんですね。

エルサレムに帰るべく、バスを待っていると、近くに黒い小さなロバが繋いである。

どういう訳か知らないが、子供が石を持ってロバに悪さを始めた。ゲンコツ大の石から始まって、しだいに大きくなる。ロバは逃げられないので悲鳴をあげてる。終いには子供の頭ほどある石を投げつけようとしてるので、あわててロー!(ノー)と叱りつけると、子供はペローと舌を出して逃げて行った。

全く、この辺は越えてるんですよ、やることが・・・・・