シナイ半島の付け根 エイラット(アラブ語では、アカバ)に向かおうと思ったがバスが来ない。
 ヒッチハイクを始めても、車そのものが通らないのだから捕まえようがない。
 1時間後、やっとジープを止めて荷台に飛び乗り、同乗の兵隊達と共に死海の岸辺を走る。
 水の色は遠くから見ると青いのだが、近くでは浅い所が薄緑色で、かなり綺麗だ。塩がやはり強そうで、魚は住めそうもないだろう。
 湖が終わるころ、大きな塩工場がある。これは単純に考えて、いちばん所を得た工場だと思う。
この辺をしばらく走り続けたが、所々に灌木のある辺りでジープを突然止め、「此処で降りろ」という。無料で乗せてもらったんだから何処でも降りるけど、変な所。
 別れぎわ、ドライバーが、「お前は日本人か?」と聞くので、「そうだ」と答えると、「コーゾー・オカモト(岡本公三)は気狂いだ。だけど、日本の旅行者は歓迎する。」と、おっしゃる。僕は、御説ごもっとも、と最敬礼しました。
 その灌木の下に数人の兵士がいて、ジープを喜んで迎えている。
 降ろしている荷を見ると、暑い砂漠の真ん中で大きな氷があるではありませんか。もしかすると、こちらにも裾分けがくるかなぁ、と思ったのですが甘かった!ユダヤ人はキビシイなぁ~。
 車の来ない路上で車を待つ。しばらくしてトラックに1時間ほど乗せてもらう。
 次に降ろされた所も、ただ分岐点というだけで何もない。今度こそ、エイラットまでのバスを待つのだ。待つといったって暑いな。コーラの自動販売機を捜したって、この砂漠の中じゃなぁ~・・・喉、渇いたなぁ~!
(日本のTVコマーシャルでは砂漠の中に自動販売機があるのにぃ~・・・)
 その日のうちに、エイラットに着ければいいや、と思っていたところ、日に1本か2本のエイラット行きバスをヒッチする。ヒッチといっても金を払うのですが、ターミナルやバスストップで乗るのではないから、その表現が適当なのです。
 暑い中で待っていたので疲れたのか、座ったとたんに寝入ってしまった。
 うろ覚えだが、エイラットまでは砂漠の谷間を通っていたようだった。

『 死人の館と住人』

 目が覚めた時はエイラットに着いていた。
 映画「アラビアのロレンス」の中で、ロレンスが連れの子供と砂漠を歩き続け、アカバ(エイラット)に着いた時の感動が忘れられなく、なんとしても来てみたかった所なのです。

 エイラット。そこは海から直接砂漠が続き、ワジがあり、ジャパニーズを始め、ジャーマン、アメリカン・ビレッジがあると聞いて、はるばる来たのだ。
 子供のころ、近くの原っぱで板切れを拾い集めて作ったバラック小屋よりもう少し楽しい作りなんですね。  五戸から六戸の同じような集落が点在する中で、一番手前に、日の丸が、旗がはためいているではありませんか。その下で、日本人らしき男達が動いている。中の二人は何処からか拾ってきたような汚れた寝椅子に横になっている。
 僕はワジの上から声をかけながら降りる。すると、彼等も見ていたらしく「なんだ、日本人か?」という声が返ってきた。
 着いてから、エルサレムの友人に紹介されて来た、ワジの住人、石田石松氏を尋ねたが、、今は仕事に行っていて不在だという。まぁ、石松っあんが居ても居なくてもイスラエルに住む日本人の間で有名なワジには数日滞在することにしているのです。
 入村式もしないまま、住人達と話したり、他のビレッジの見物に行くことにする。
 ごく最近までは多くの国のビレッジが有ったということだが、当局の手入れがあって、雑草のごとく残っているのは、我が日本と、ドイツ部落だけだという。
 そこで、約70M離れたドイツまで見学に行く。
 アーア!なんたる相違。我らジャパニーズビレッジ最高のレジデンス「死人の館」でさえ蝋燭を灯りとしているのに、彼等は石油ランプではないか。なんという贅沢!

 我が、「死人の館」(なぜか気どって書いてある)は四畳半ぐらいの大きさなのに、彼奴等は、その三倍もありそうなのだ。悔しいじゃないですか。砂漠の中ですよ!なんにも無い所ですら国民性か知らないが、四畳半なんですからね。
 石松っあん、がんばって下さいよ! と思いながらドイツ部落の前に置いてあった貝殻を無断で借りて帰る。

 誰と話している時だったか忘れたが、サソリの話になる。「このワジにサソリいるかい?」と聞くと、「いるよ。俺たち飼ってるよ。」ときた。おもむろに、自分の寝ていた頭の方から、キューピーマヨネーズに似た瓶をとりだす。
 いるいる。体長4㎝ほどの黄色いやつがジッと、死んでるように動かない。
 サソリっていうのは、よく見ると、アメリカザリガニの頭を切り落としたような、なんとなく悲しい姿なんですね。

(瓶に入った詳細なサソリの絵と解説。猛毒の注射をうたれたハエは10回程、羽をバタバタして死んだ。その後、食べられちゃった、の図。)

「これ、猛毒かい?」と聞くと、「実験!」などといって、三人がかりでハエを捕まえてビンの中に入れた。
サソリはジッと動かない。ハエは一分以上も逃げ回っていたのだが安全と思ったか止まったところ、サッサ、ササと小さな鋏を動かし、見る間に捕まえた。すると、玉のついたしっぽの針を一度刺し、注射をする感じで毒を出す。ハエはちいさな足を震わせながら10秒ほどで死んでしまうんです。
 恐ろしいですね。

 もう一つ、サソリにやられた、ドイツ人の話。
 その男が足をやられた時、太ももが倍ほどにもなってしまい、自分で助からないと思ったんですね。側に居た連中に、自分の荷物を、これは君に、あれは誰に、と、みな形見分けしたらしいんですよ。
 ところが、三、四日して熱が下がり、歩けるようになると、形見分けしたことなんかすっかり忘れた感じなんだから、ハッハッハッ・・・・・と笑いながら、サソリにやられても、ひどく苦しみはするが簡単には死なないことを教えてくれた。

 楽しく笑い合ってる内に、ワジの住人皆が帰って来た。
 石松っあんを筆頭に五人の仲間、そのほとんどが、パンツ一丁で歩いている。
 誰だったか忘れたが、ジャパンツ(越中フンドシ)に下駄履きで歩いている豪傑がいた。
 食事も学生時代のキャンプを思い出してもらえばよい作りで、結局は何を食わされてるのか解らなかった。
 夕闇時、昼の地熱が残るワジで、エイラット対岸、アカバの灯が点々と山にそって高くなり、そのまま満天下の星とつながっている。

 そんな中で焚き火を囲み、
 日本の、それぞれの地から出発して何かの縁で此処で会った、それぞれの二十数年を語り合った。
 
 話が途切れた時点で、与えられた小屋に戻り、同小屋の休学中の学生と話したり、先住の人が残していった漫画を蝋燭の灯りで読んだ後、寝袋に入り天井を見上げると、所々の隙間に星が見えた。
 耳には、強い風が小屋の板やビニールをバタバタと振るわせている。
 そして時々、流れ星が一瞬走って行く・・・・・

 三日間、ワジの住人となり、アカバ湾で泳いだり、街を見た後、仲間と別れを告げ、エイラットを後にする。
 海からの風が内陸に運んでくれるようだ。
 来る時は寝ていて景色を見そこなったので、今度こそは、と目をこらしていたのだが、いつの間にか瞼が重くなりダウンしてしまったらしい。

 明日はヴェトウィン族のマーケットを見にいかなくっちゃ。