エルサレム新市のターミナルからバスに乗る。街を出るともう砂漠で、死海に向かって走る。時々ヴェトウィン族のキャンプが通り過ぎて行く。

草もろくに生えない砂漠を行くと、何時も人間の生命力に驚かされる。

1時間以上も下って、地球上で最も低い湖、死海に出る。

人間が潜ろうとしても塩分があまりにも強いため浮いてしまう死海です。子供のころ見た写真に、人が湖面に浮いて新聞を読んでいるのがありました。とても信じられないことだったのですが、今、目の前で実際に浮いてる訳ですね。重い人も軽い人も関係ないんです。理屈では解っていても驚きますよ。

ただ気をつけなければならないのは、目にその塩水を入れると、飛び上がるほど痛い。しばらくは目を開けられないということです。

その湖畔の山頂に、メサダの遺跡が有る。

メサダは約二千年前、ローマに攻められてヘブライ最後の王族が立て籠もり亡ぼされた所だそうです。

遺跡は山の上にあり、周りは崖というか谷になっている。今はロープウェイで登る、守りに易く攻めるに難い天然の要塞になっている。ところが考えてみると、此処でどうやって水を得たのか解らない。

雨はほとんど降らない砂漠地帯で、すぐ側に死海があったとて、海の水よりすっと塩辛いんですから飲む訳にはいかないでしょう。山の頂は死海に対して楕円形で、長辺が200m、短辺100m以上はあろうかと思われる。

(いくつかの絵が挿入され、南米マチュピチュ遺跡も想起した感想のメモ)

メサダに立って四方を見渡す。全く無い!なにがって、木も草も、そして水も無い。

あるものは、青い水をたたえた湖を中心に塩気を含んだ白い平地が1㎞も続き、次に赤茶色の砂漠が私の立っているメサダを過ぎて砂岩の山となり、何処までも続いていた。

照りつける太陽の下で考える。なぜこんな、暑い、無味乾燥な地帯に地球上初期の文明が起こり、民族の興亡を続け現在に至るまで歴史の中心、発火点になってきたのか、と。

(その上、三つもの宗教の聖地でありえたのが不思議に思えてならない。)

長い旅の中で、歴史の古いところを多く見て歩き、もろもろの条件を考え合わせると、現在の学説、定説といわれているものが信じられなくなってくる。

火の十字路といわれるパレスチナひとつとっても、自分なりの推理を組み立ててみると、学説、机上説では2~3000前も今とほとんど変わらない気候だったということらしいが、百年に1℃の温度が変わることはあると思う。その調子で二千年続いてごらんなさい、それでもう20℃ちがうのだから、気候、風土が今と変わっていてもおかしくない事だと思う。

そんな訳で、紀元前後の時代は今と比べて大分温暖な気候だったのではないかと思うのです。

そうとでも考えなければ、昔栄えた、などということがとても信じられないのです。

旅の中で、もろもろの現象を見て、その都度考えていくと、学校で学んだことなどにおかまいなく、自分だけの歴史観、思考方法が出来上がってくるのです。

メサダを降りて、近くのユースホステルに荷物(リュックサック)を預けて、死海に向かう約3㎞の道を歩く。

灼熱の太陽がまぶしく暑い。

死海のほとり(僕はこの言葉がたまらなく好き!)に近づくと、白く塩をふいた泥地が水辺まで続く。なんとかして、この塩水の中で泳いでみたかったのだが、手前百メートル程で足がズブズブ泥の中に潜って動けなくり、湖を目の前に断念した。

しかたが無いので、今来た道をユースに帰るためだけに、意味もなく3㎞も歩く。夕陽が正前方にあり、少しずつメサダの影が自分に近づいてくる。

ユースに着くと、あまりの暑さに、変わった味のジュースを続けて5本も飲んだ。美味かった!そして腹がゲボゲボになってしまった。

谷間のユースで二段ベッドの上に寝ていたら、もの凄い数の蚊がブーンと渦を巻いてるんです。体中を刺されて痒くてしかたがない。

あまりの蚊の攻勢に寝ていられなくなり、寝袋を手に真っ暗な外に出る。ムッと熱気が迫ってくる。

ユースの中はエア・コンディションで涼しく、これは蚊どもにとっても同じようで周囲の蚊が皆集まってくるようだ。その上、何も無い砂漠の中で、彼等にとって素晴らしい御馳走がねてるんですから、たまらないですよね。

反対に馳走にされる人間様は、たまったもんじゃない。近くの家の軒先で寝袋を敷いて寝る。空をフッと望むと、満天下の星が降ってくるようだ。

時おり蚊の羽音が聞こえると、あわてて寝袋の中に潜り込む。

そんな繰り返しをしている内にいつしか寝入ってしまった。

(地図のメモあり)

『 死海のほとり 』

何にも無い 砂漠の中で
戦闘で破壊され 打ち棄てられた死の戦車
何にも無い 湖と塩の平原

死海のほとり
小高い岩山の上で 破壊しつくされて残された
メサダの遺跡
かつて 遠い 遠い昔
ユダヤの民 最後の砦だったという
それもローマ軍に滅ぼされた
青い空 強烈な太陽の下
風の音だけが聞こえた
眼下には 死海が横たわっている

かつて この辺りを
キリストの歩いた姿を幻影した

1973.9  宝田久人