機材を暗室から運び出してスペースが出来て、奥に手が届くようになったので、
ベニヤでしっかり梱包されたボックスを引っ張り出して見ると、
うっすらとペンタックスの文字が読み取れるので、開封して3人で見る。
1976年のペンタックス・ギャラリーでの写真展でのプリント返送で、
実に40年間未開封の、初めて見る『風の旅』のモノクロ写真なのだった。
地下にあった、『子供達の眼』『白い影』は損傷が著しかったが、
しっかり封印されて暗室に保管されていた、この『風の旅』は全くの無傷だった。

1976年の『風の旅』は、〈私のいる風景〉のサブタイトルのついたセルフ・ポートレートである。
「これは、エクアドルのキトーですね。」とか、
「これはペルーみたいね。」
「後に湖が見えるのはチチカカじゃないですか?」
「これ、マラケシュですね。」
「フナ広場ね。」
「この風車、ミコノスっぽいですね。」
「そうね。ミコノスだと思うわ。」
「これは、イスファファンですかね?」
「私も最初そうかと思ったけど、横がチョット違う気がする。」
(これは、アフガニスタンのヘラトーと判明)

「これ、ギアナのカラカスの兵舎よ。」
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リオ、マチュピチュ、イスタンブール、ポンペイ、エフェス、グラナダ、ロンドン、ニューヨークなどなど、
特徴的な建物や風景が写っているのは場所が特定できるが、
人々の服装などから、大まかには推測できても、特定しにくいものもある。
ストーンヘンジみたいに、今は風景が少し変わっている所もあるし、
バーミアンなど、今はもう失われてしまった風景もある。

「これ、ポートアーサーのジャニス・ジョップリンの生家の応接間よ。ゴールド・ディスクが飾ってあるでしょ。黒のタイトスカートにピンクのブラウスを着た中年の婦人がジャニスの母親で、その日は奇しくも、ジャニスのバースデーだと言って、悲しげに微笑んだ、って日記に書いてあった。」
彼らはおもむろに、スマホでこの写真をとりはじめた。
後で旅日記で確認したところ、1972年の1月19日の事である。

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面白いのは、チリのサンチャゴのペンションで一緒になり、ずっと後で、
スイスの、アイガー北壁の見えるグリンデルワルトで「本当に偶然!」再会したという、
胸に日の丸をつけて、自転車で1人旅をしていた“自転車野郎”を、初めて見た事である。
彼は、ロッキー、テキサスの平原、アンデスを越えた男、とある。デンマークからスイスへ。
そして白夜を見にフィンランドに向かったそうな。
1973年4月21日の事である。

岡山市東山の植田実さん、お元気ですか?
会った事も話した事もないけれど、
44年前の輝く笑顔が、ここにある!

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