アテネ、そこは私の中では西洋文明の起源ということで、大きなウエイトを持っていたのです。アテネのど真ん中に、どういう訳か、東京ホステルというのがあって、訪ねて行くと、そこのママさんが日本女性で親切な感じだが、今日は満員で泊まれないと言われる。又、例によって、床でもいいから、と言うと、床のスペースも無いと言われる。それでもと言って、日本の青年達のたむろしている一角に行き、ネー、泊めて、泊めて、泊めてと言ってみたものの、本当にスペースが無いようなので、しかたなく、小さくなって、一番はじっこに寝ることにする。夜中、少しでも多くの領土を取ろうとガンバッたのだが、端にいる悲しさ、協同で防衛体制をとられたのでは、いかんともしがたく、今日も又、ベッドの片隅から落ちそうになって寝たのだった。
 寝不足の眼をこすりながら日本大使館に行き、自分宛の便りを受け取った後、有名なパルテノン神殿に向かうべく歩いていると、いろいろ楽しい兄さん達が話しかけてくる。解らない振りをしてやり過ごす。
 このところ、もう二年近くの旅で着るものも無くなり、怪しげな店でギリシャ軍払い下げのアーミージャケットを大枚八百円ほどで買っていると、昨晩、ベッドの争奪戦をやった二人組の青年と会う。(この二人は、後で判ったことだが、通称、正チャンは、イスラエルに多くの弟子を持つ空手四段のモサ。もう一人のAサンは美術大時代に学生運動の委員長をやっていて、日本には帰りづらい男だという。この辺は、一癖も二癖もある連中がいるから楽しい。)
 私が、イスラエルに行きたし、アラブ諸国にも行きたし、To be,or not to be と言うと、彼等は明日イスラエルに戻る。俺達と来れば当分は、寝る所、食うことはタダだよ、と言う。その場では、考えておくよ、と言って別れてオリンポスの丘を登って行く。
 あのパルテノンの神殿は、写真などで見ると平地にあるように見えるが、実際はアテネ中心の小高い丘のテッペンにあるので、入場料を払って、エッチラ、オッチラ登って行く。期待があまり大きかったので、実物を見てガッカリしてしまい、なんだ、こんな程度のものかと、ふてくされて見ている。神殿の裏側にあたる所から、ソロソロと前の方に行く。流石、このエンタシスの大きさは今まで私の見たそれらを遥かにしのぎ、直径約二メーターはあるようである。
 写真を撮りながら、よく絵葉書などで見る正面に出ると、ガードマンらしき男が、ピ!ピッピ-!と笛を吹いて、引っ込めと手を振る。頭にカチンと着たので、シカトしていると、近づいて来て、又、ピッ!ピー!とやるので、わからねぇ、せめて英語で言え、というと、巨大な体で俺を後ろの方へ押しやろうとする。こちらも意地になって、大きなエンタシスの柱を軸に、鬼さんコチラ式にぐるぐる逃げ回る。奴はからかわれたのが判ったのか飛びかかってきたので、取っ組み合いになり、(60キロの私と、85キロもありそうな巨漢が闘っている姿を想像してもらいたい)足を持って引き倒そうとしたが、なかなか動かない。チキショウ、そうこうしている内に、外人旅行者の仲裁が入って別れたが、腹の虫が修まらない。それで、敵の写真をイヤミったらしく撮ると、追いかけてくる。こちらは、離れず近づかず場内を逃げ回っていると、あきらめたか自分の持ち場に帰っていくので、今度は私が追いかけて神殿の正面に行き、前から撮すと、何を思ったか、他のガードマンに呼びかけて二人して追いかけてきた。これは危ないと思って、丘のテッペンから小さなリュックを背に二つのカメラを手で押さえて、ダッダダッダと出口に向かい猛ダッシュ。後ろからは大男が二人して追いかけてくる。逃げろや逃げろ(はしりながら、オヤ、こんな場面、なにかの映画で見たような?と可笑しかった。)他の客は何はあったのかと変な顔をして見ている。みるみる出口の門が近づいた。ヤレヤレ逃げ切ったと思ったら、ガードマンがギリシャ語で何かを叫ぶと、出口で人垣を作られて出るに出られず万事休止。他の連中には何も思ってないのだが。
すぐに来たポリスにパトカーに乗せられて、街の警察に直行。英語と日本語と、彼等のギリシャ語でやりとりする。私は悪いのは向こうだと言い張るが、なにかの拍子に私が持っていた二本の投げナイフをかいま見たらしく、それをネタに私を責めたてる。ナイフを取り上げられたが、私は日本への土産だと言い張る。そこで大分またされる間、フィンランド人アルコール中毒の娘と話す。やっぱり酒くさい。パスポートを盗られたという。
又、そこへ、万引きかなにかをした10才と12才ほどの姉弟が捕まってきた。彼等の可笑しいのは、ポリスが側にいる時は哀願するように泣いているのだが、いなくなるとケロッとして話している。
 私の方は、話が通じない感じで今日は泊めてもらうことになるかもしれないな、と思っていたところ、夕方になって帰っていいという。
 彼等は、日本人は好きだがトラブルは許さないという。こちらもシャクだから、こういうことがあると、日本の友人にギリシャの印象を聞かれたら、良くは言えないじゃないか!と捨てゼリフを残してサッと逃げ出した。
今日は泊まっておいで、なぁんて言われたら困るもんネ。
 帰る途中、ナイフを取り返してくるのを忘れたのを思い出す。なにしろ、ゾリンゲンの逸品だからな。
いいこと無シのアテネだから、もう、明日夜の飛行機で、前記の二人とイスラエルはテルアビブに飛ぶことにする。